ハッカドラナーイ

 タイトル通り、作業がはかどらない。

 かれこれ二年くらいこねくり回してる長編、ようやく設定周りが完成したからあとは旧プロットをリファインするだけなんだけど、その一歩がなかなか踏み出せない。

 evernoteを開いてノートを選択し、あとは脳内にあるプロットを文字にするだけなのだけれど、どうも億劫だ。

 しかしせっかく丸一日の休みがあったのに何も書かないのはどうなのか、と思い、こうして今ブログを書いている。なぜ新しく買ったノートパソコンでログインし直す手間は惜しまないくせに、たった二回のクリックで書き始められるプロットはやらないのか。アホか。

 

 どうも僕は解決よりも逃避にエネルギーを多く割くきらいがあるようだ。思い返してみると、かつて所属していた予備校に行きたくなさすぎて真逆の方向にクロスバイクのハンドルを切って延々走り続けたことがあったが、あれは僕の性質をとても顕著に表している行動だったように思う。

 当時通っていた予備校はとある巨大予備校のフランチャイズで、家から近いという理由だけでそこへ通うことを決めた。今はやりの衛星予備校というやつで、どこの校舎でも同じ先生の同じ授業の映像が見られるのだから、余計な電車賃のかからないところがいいだろう。それに、この予備校グループは自由なスケジューリングを生徒に許すことをウリにしているから、強制されることが嫌いな僕にはぴったりだ。という考えからの判断だった。

 

 しかし、その選択は大きな過ちだった。

 

フランチャイズとはいわばのれん分けであり、グループ全体は一枚岩ではない。中枢の意思が末梢にまで行き渡っているとは限らないのだ。

 

 その教室の主はいかにも人畜無害そうな顔をして、緊張で堅くなりながら「体験入校させてくれ」と口にした僕に接してきた。自由な生徒の学びを尊重しますよ、という態度で僕に契約に関する資料を渡したり、設備の使い方を教えたりしてくれた。

 ああ、いい人じゃないか、とはじめは思った。正直もっとシステマチックな冷たい場所だと思っていたので、部活の話とかバイトの話とか、高校生の目線の話を聞いてくれるその校長は悪い人には見えなかった。

 

 しかし、入校して三ヶ月が経った頃からその印象は正反対の方向へ変化していく。

 

 ある日、バイトがあるからと普段より早く下校しようとする僕を、校長が「あれ、早くない?」と呼び止めた。理由を話すと、彼は難しい顔をして言った。

「青山くん、まだ単語テスト合格してないよね」

 入校前に受けた説明によれば、そのテストの満了時期の目安はまだ三ヶ月も先だった。確かに早いに越したことはないが、急かしてくるには早すぎるように思う。

 そう言うと、校長は真顔になって「いや、うちの教室ではもう終わらせてなきゃいけない時期だから」と口にした。

 まずその当然だよね、とでも言わんばかりの態度が癪に障ったが、バイトで鍛えた営業スマイルで、そんな説明は受けたことがないことと三ヶ月後を目安に勉強していたのだから終わらないのは当然だと伝えた。しかし校長は面持ちを変えずに「イヤ、でもやることはやってもらわなきゃ困るから」と続けた。

 とにかく今日は時間がないから、とその場は離れた。

 

 そしてしばらくしてから、今度は教室への滞在時間が短いことについて文句を言われた。

 その予備校は薄汚い雑居ビルに構えており、お世辞にもよい環境とは言えなかった。エアコンの設定室温はやたら高い上に吹き出す空気はカビ臭く、三方を囲まれた学習ブースには熱がこもる。

 ストレスの多い環境で勉強していても集中できないので、僕は学校に用意された快適な自習室で勉強時間のほとんどを過ごし、予備校校舎では映像授業を受けたらすぐに帰り、自宅で復習をしていた。

 その勉強のやり方が校長の不興を買ったらしい。

「勉強するときはこの校舎でしてほしい。僕のいないところで勉強しました、って言われてもそれを証明するものはないから」

 

 彼女か。男友達と遊んだときに写真を送ってくるよう迫ってくる束縛系彼女かお前は。

 

さすがにこれに対して営業スマイルを維持することはできなかった。暑いし狭いし隣のヤツとの距離クソ近いしこんなところで勉強してられるか、と立て板に水のように環境に対する文句を述べ、だから僕は高校の自習室で勉強してるんだ、と説明した。

 それに対し校長、「でもこの校舎に所属する以上ルールには従ってもらうから」

 

 牢名主か。日々労働を強いられブタ箱で疲弊しきった囚人の食事を巻き上げる独裁者かお前は。

 

 その後も校長のパワハラじみた行為は続いた。良い環境で効率のいい勉強がしたいという僕の真っ当な意見はなぜか通らず、ルールに従えの一点張り。当然そんなものに従う気など起こるはずもなく、僕は自分のやり方を貫いていた。だっておかしいだろう、生徒を合格させるための存在が、逆に勉強の効率を落とそうとしてくるなんて。

 

 そうしてある日、弾けた。

 

 その日も僕は五時頃に登校してきて、授業を三つ受けて九時半に下校しようとした。そして帰り際にいつもの嫌みだ。慣れることはなかった。というか、人の悪意に慣れてしまったら人間おしまいだと思う。

 その日、僕は非常に虫の居所が悪かった。確か、日中の学校で何かあったのだ。

 そんな心境の時に嫌みだ。もう、冷静ではいられない。気がつけば怒鳴っていた。いつもいつも俺の邪魔ばかりして楽しいか、言うことを聞かない生徒は本領を忘れてサンドバッグにしていいのか、それが大人のすることなのか、とあらん限りの剣幕で、普段は話がこじれそうだからと黙っていた不満を一切合切、職員用デスクにぶちまけた。

 そのあと、僕は教室に残され、23時半まで校長と怒鳴りあっていた。ちなみに僕の暮らす自治体では高校生の補導は23時から朝5時にかけて実施される。

 

 その後、僕はもと通っていた教室に無断で、同じ予備校グループ内のもっと同級生からの評判が良い教室を訪れ、そこの校長と勝手に話を進め、特別措置を執ってもらい登録校舎を変更した。言葉の通じない相手からは距離をとるのが一番だと判断したのだ。

 

 冒頭のエピソードは、堪忍袋の緒が切れるほんの五日前くらいのことだ。

 片道十数分程度の予備校に行きたくなくて三時間も自転車で走り続けた、といえばどれだけ僕がそこから逃げ出したかったか、理解してもらえるだろう。

 今でも時々フラッシュバックしては言いようのない苛立ちを覚え、いつかこいつを仮想敵に罵倒し続ける歌を書いてやる、と思うくらいには嫌いだ。

 

 

 

 ところで、僕はこのブログを書くのに一時間半を費やした。

 おそらく、プロットは三十分もあれば書き上がった。一時間あればひょっとしたら本文作業に入るどころか、序章くらいは書き終わっていたかもしれない。

 逃避の話をして産みの苦しみから逃れ、何もしていないという罪悪感からも逃れていたわけだ。

 お後がよろしいようで。

 

 

 明日こそプロット終わらせて本文作業入らなきゃ。

ブログを始めてみる

 ブログを始めてみる。特に目標も役割も設定していない。Twitterの延長線上の使い方になると思う。

 

おわり。

 

 

 

 

 

 ……というのはさすがに記念すべき一記事めなのに簡素すぎないか。少し語ってみよう。

 

 そうだ、最近忘れかけていたけど僕は物書きだ。〇から一を生み出し、それを飾りたてて一〇〇にしてこその物書きでしょう。

 忘れかけていたというのも、ついこの間まで受験勉強に忙殺されていたので、その看板を下ろさなければならなかったのだ。しかしつい三週間ほど前に解放されたので、再度のれんをかけ直した次第だ。

 残念なことに第一志望の大学には受からなかったが、もともと心のどこかで「ここは無理だろう」と思っていたからか、あるいは同ジャンルの勉強ができる他大学の学部に合格したからか、特に悔しさはない。

 ただ、同輩の話なんかを聞いていると「結構みんな第一志望受かってるなぁ。僕ももうちょっと頑張ってれば受かってたのかな」と思ったりもする。けれどまあ、今となっては後の祭りだ。むしろみんなみたいに死にものぐるいで机にかじりついていたわけでもないのに、満足できる大学に合格できた幸運を喜ぶべきだろう。

 

 思い返してみると、高校受験の時もこんな気持ちになった記憶がある。

 

 僕は非常に素行の悪い中学生だった。ルサンチマンの塊とでも形容しようか、生徒という立場から見た教師という概念そのものを嫌っていた節がある。教師が右を向けと言えば左を向き、それを咎められれば「どうしてそんな小さなことまであなたに従わなければならないのか」と反駁する、控えめに言ってもいけ好かないクソガキだった。

 当然こんな生徒が教師に好かれるはずもなく、関心意欲態度の評価は常にCかBだ。そのくせテストの点だけは無駄に良かったため、総合評価はいつも4。当時は「点数さえ取っておけば僕のことがどれだけ嫌いでも評価せざるを得ない。教師どもはさぞ悔しかろう」と矮小な愉悦に浸っていた。

 そして受験期、併願校を決める段階で気がつく。僕の内申ではクソみたいな高校しか取れない、と。塾の面々は世渡りが上手く、評定平均4.7以上を普通に取るようなやつらばかりだった。それに対し僕の内申は平均4.1程度。この内申で一番偏差値が高いところとなると、〝生徒だけでカラオケに行ってはいけない〟〝友人の家に宿泊してはいけない〟とかいう校則を持つディストピアみたいな高校しかない。

 その時も「僕ももっと上手く猫をかぶっていればよかったなぁ。そうしたらもっとマシな併願が取れたのになぁ」とメランコリックな気持ちになったのだ。

 

 最終的には第一志望の公立高校に受かったのでよかったのだが、逆に考えてみると、このとき〝なんやかんやでうまくいった〟からこそ、みんなみたいに〝全身全霊を懸けて理想をつかみ取る〟という結果には至れなかったのかもしれない。

 もし三年前の冬の日に不合格通知を受け取り自分の努力不足を痛感していたならば、決してこの過ちは繰り返さまい、と一念発起していたかもしれない。今度こそ、と一心不乱に勉強していたかもしれない。

 しかし僕は傷を負うことなく高校へ入学し、後悔することなく大学への切符を手に入れた。

 であれば、次も同じ胸のわだかまりを生じさせる可能性は大いにある。

 次の試練とは就活。後の人生にもっとも影響してくる関門だ。

 ここでも僕は〝なんやかんやでうまくいって〟そこそこの企業に入るのだろうか。まあまあやりがいがあり、生活にも困らず、しかし贅沢もできない、そんな痒いところにほんの少し手が届かない日々を送るのだろうか。

 高校生活に不満があったわけでは決してない。むしろここで過ごせて本当によかったと思えるほど、僕は母校に満足している。

 しかしだからこそ――痛みを知らない身だからこそ、将来の自分の展望が少し不安だ。

 

 けれどまあ、まだ見ぬ未来をあれこれ憂慮していても始まらない。かもしれない運転より「アクセル全開ヒャッハー!」ってフルスロットルで走る方がはるかに楽しい。どうせ四年間過ごすところなのだ、楽しく過ごさなきゃもったいない。

 やりたいことやって、やらかしちゃったら反省して、またやりたいことやろう。

 それがきっと、一番楽しい。